2016年6月30日木曜日

Beatles来日50周年だそうだ

6月29日はThe Beatlesが日本に来て50周年なのだとしった。
そういえば来日は1966年だから50年、つまり半世紀ということになる。

半世紀にも渡り多くの人を魅了し、愛される名曲を数多く残したというのは、本当にすごいことだ。
これからもポピュラー・ミュージックつまり大衆音楽として聴かれ続けるのだろう。
未だにいろいろな研究や発見がされているのも面白い。
デビューからの活動期間はたったの8年だというのに、ものすごい密度が濃く感じられてしまうし、
多くの人にとって「60年代」とはビートルズなのではないかな?

個人的な想い出を少しだけ。
といってもつい数年前、2009年にBeatlesのアルバム全てが初の公式リマスターで再発となったときの事。

全アルバムのリマスター再発、しかもモノラル音源出のアルバム再発もありで、全てのアルバムを網羅したBOXセットがリリースされるという予告を知り、
これは何かせねば!と思ったのだった。
正直、コレを最大盛り上げるのは、アメリカ生まれで、黄色と赤の看板の”ノーミュージックノーライフ”なあのCD屋じゃねえだろ、
英国きっての最高のバンド盛り上げるのは、ビートルズとも縁のある英国ブランドのウチだろ!
という思いで、同じ考えの社内の人たちとチームを組んで、
BOXセットの自分とこのお店の限定特典として全アルバムのジャケットをモチーフにした缶バッジを作ったのだ。

最初は社内の多くはいまひとつ熱量が低かったが、次第に盛り上がり(世の中の盛り上がりに気がついたんだと思う)、
大きなプロジェクトになっていった。

こちらが予算を全て持つと言ったにもかかわらず、当時のレコード会社はそういう抜け駆け的な特典はいっさい認めてくれなかったので、
いろいろ駆け巡り、日本のビートルズの窓口である会社と直接交渉したのだけど、
その時に言われた事が
「こういう特典とかグッズは、最終的には全部メンバー本人確認です」
ってこと。

つまり、自分たちが提案したりデザインを出したものが、ポールやリンゴ、ジョンの代理人としてヨーコ、ジョージの代理でパティの元まで行くということだ。
これは本当に震えた。
音楽業界で働く端くれとして、自分が関わったものがビートルズのメンバーの手元まで届くなんて、ちょっと夢のような話だったから。

結果的にデザインを何度か出し直し、OKを貰い実現にこぎつけた。
発売日当日も、当時センター街にあったほうのお店で大々的なイベントをやって大盛況。
空前の売上になったのは本当に嬉しかった。。。。

あのとき作ったバッジは今でも飾ってあるし、
サンプルを窓口の会社にも勿論渡したので、もしかしたらポールやリンゴの手元にも届いたのかな?
なんて妄想をしたりすることがある。

今日もNHKの夜のニュースで、来日当時にいかにこれをチャンスと捉えるか奮闘した当時の方々の紹介をしていた。
元ミュージックライフ編集長の星加ルミ子さんや、
あの有名なJALの法被を着せた当時のJAL添乗員の方など。。。

時代、世代を超えて皆を夢中にさせるビートルズはやはりすごい!

そういえば昔はビートルズの武道館ライブってビデオで発売されてた気がするんだけど、
今はもう無いよね??





2016年6月29日水曜日

Nao Yoshiokaライブ

今夜はNao YoshiokaライブをBillboard Tokyoで観てきた。
彼女のライブを観るのはおよそ1年ぶり。前回は北海道のフェスだった。
今回はフルバンドでのライブだし、新曲も出てきて非常に攻めてるライブで素晴らしかった。

冒頭オープニングの2曲がメドレー形式でしかもワシントンGo Goスタイルのリズムで驚いた。
彼女の曲には90年代以降のネオソウル、ネオクラシックR&Bのフレイバーもあるから、
ニュージャックスイングとか新境地へのチャレンジなのかと思ったが、MCで聴いて納得。
月初にワシントンD.C.でのフェスに出演してきたのだとか。
確実にどん欲にいろいろな経験を吸収していて、素晴らしい。

パフォーマーとしてシンガーとしてどんどん成長している姿を見れるのは本当に楽しい。
大げさな言い方かもしれないけど、これからのジャパニーズ・ソウルシーンを引っ張っていく一人だと思っている。

それにしても。
歌っているときの堂々たる姿と、MCの時やステージ降りた時に見せる、今時の女子らしい可愛い立ち振る舞いとの、
そんなギャップにヤラれてしまっている男性ファンは自分だけじゃないはず、だ。。。。

これからの益々の活躍に期待!
そしてまた何処かで逢える日を楽しみにしている。

↓仕事モードな感じだけど(笑)、昨年の写真。

Naoちゃんと。素晴らしいステージでした!ちなみにパーカッションは豊田稔さんだったよ〜

FREEFUNK艦長 Captain Freefunkさん(@freefunk)が投稿した写真 -


2016年6月28日火曜日

Swing Down, Sweet Chariot

日曜の夜はGolden Eggでのライブ。
今回は青柳さんに紹介してもらったMAHOROBAというバンドの皆さんと共演だった。
とても素晴らしいグループで、曲もいいしバンドの雰囲気もすごく良かった!
直前にいつもの中華料理屋でゲットしたお客様も居たりで、なんだか面白い盛り上がり方をした夜になった。

FREEFUNKとしてはバーニー・ウォーレルが亡くなった事もあり、
バーニーにこのライブ捧げる気持ちで演奏をしました。

セットリストはこんな感じ。

01.Midnight Jam〜Swing Down, Sweet Chariot
02.陸橋
03.Baby, I Love You
04.Sweet Sticky Thing [Ohio Players]
05.(not just) Knee Deep [Funkadelic]
06.How Come U Don't Call Me Anymore [Prince]
07.あふれるリズム
08.It Ain't No Fun To Me [GCS]
09.人間解放戦線舞儀
10.自由自在

encore
11.犬になれ!

正確にはこの演奏の前にSammyピアノによるStevie Wonderの曲もあったりしたが。。。

バーニーが亡くなってしまう前にセットリストを組んでいたので、「Knee Deep」はジューニーの曲だから
ちょっとトリビュートではないなあ、と考え「Midnight Jam」似さし込んだのが「Swing Down, Sweet Chariot」。
そう、パーラメントの大名盤「Mothership Connection」の名曲の一部だ。
元々はスピリチュアル〜ゴスペルのルーツを持つ曲だし、まさにこの曲と共にDr.Funkensteinは地上に降り立つ。
バーニーの魂よ、永遠に!という想いで歌いました。

バーニーだけじゃない。
グレン・ゴインズ、ゲイリー・シャイダー、レイ・デイヴィス、ブギー・・・・。
皆の演奏や音楽を受け継いで、次に渡していくのが役目だと思ってこれからも演奏しつづけるよ。

「Knee Deep」も数年ぶりに演奏。この曲は盛り上がるんだよね。
イントロで「おお!」ってなって、途中一緒に歌うパートがあって、ギターソロで盛り上がり、
ライブではあの有名なエンディングで燃え尽きる・・・。

もう1曲、これは初めて演奏したのがPrinceの「How Come U Don't Call Me Anymore?」。
桃花が歌うということでアリシア・キーズの素晴らしいカバーをベースに演奏をした。
Princeはこういう隠れた名曲も多い。
此処暫くは「Purple Rain」を演奏する機会が多かったけれど、ある意味アレは名刺代わりな1曲だと思うので、
こういう「How Come〜」みたいな曲ももうちょっと演奏してみようと思う。

という事で素晴らしい盛り上がり、皆さんありがとうございました!
MAHOROBAの皆さん、是非また一緒にライブやりましょう。
また観たいです!

↓Swing Down, Sweet Chariot


FREEFUNKの次回ライブは8月28日、Golden Eggにて!




2016年6月26日日曜日

Rest In P, Bernie Worrell

P-Funk軍団の中心的存在の一人だったバーニー・ウォーレルが亡くなってしまった。
以前から癌である事を公表しており、最近も奥さんのジュディだと思うが、もうそう長くはない、というツイートもあり覚悟はしていたのだが、実際にそうなってしまうと重い気持ちだし悲しくてしょうがない。
近年はP-FunkというよりSteve Kimockのバンドメンバーや元ミーターズのレオ・ノセンテリのバンドの一員として来日する事も多かった。
そのたびフジロックやビルボードライブで彼の演奏を観にいったものだ。

P-Funkにおける中心人物の役割を言うなら、
ジョージ・クリントンは頭脳と心
ブーツィー・コリンズは運動神経と下半身
そしてバーニーは感覚神経と両手
だろうか。

バーニーの音楽的才能がP-Funkの音楽を彩り、刺激となる尖った部分をつくりだしていたと思う。
ソウル界においてシンセの導入や鍵盤楽器のイノベイターといえばスティーヴィー・ワンダーが浮かぶが、
バーニーのもたらした革新性や斬新さはスティーヴィーと双璧だと思う。
シンセサイザーでベースを弾いたのはスティーヴィーの方が早かったが、大名曲「FLASHLIGHT」のシンセベースのサウンドとベースラインはバーニーにしか作り出せなかったものだと思うし、これ以降多くのソウル、ファンクアーティストが取り入れていったものだ。

彼の作り出した沢山の楽曲やフレーズは、未だに自分は沢山演奏させてもらっている。
本当に感謝だ。

これからも沢山彼の音楽や演奏から影響を受け続けると思う。

REST IN P, Bernie Worrell....

Rest In P. Bernie Worrell, The Wizard Of Woo.

FREEFUNK艦長 Captain Freefunkさん(@freefunk)が投稿した写真 -

2016年6月22日水曜日

JBの映画「Mr.Dynamite」を観てきた

JBの映画「Mr. Dynamite」を観てきた。
こちらはミック・ジャガー制作のドキュメンタリー映画だが、かつてのバンドメンバーの証言や貴重な映像も満載で、
これまでのJB関連のドキュメンタリーとしては決定版になったと思う。

ミックはじめ、アラン・リーズも出てくるしバンドメンバーの証言など初めて聞く話も多くておもしろかった。
TAMIショーの裏話とかね。
ファンクの決定的名曲「Cold Sweat」誕生の話や、この曲へのフレッド・ウェズリーの評価とか、
それもまた面白いエピソードばかり。

自分のJB最初の体験は、多分18の頃に輸入盤で買った「CD OF JB」というベスト盤だった。
クリフ・ホワイト監修のベストで、各楽曲のメンバークレジットも記載されていたりして、非常に当時貴重な1枚だった気がする。
「Sex Machine」を聴いたときは本当にびっくりしたもんだ。
シンプルなギターとベース、ドラムスだけのグルーブ。ホーンやピアノなどは要所要所でちょっと出てくるだけで。
「Super Bad」のものすごいグルーブも圧倒されたし、「Soul Power」もタイトルからしてかっこ良すぎてしびれた。
そういうわけで、ブーツィー在籍時の曲に圧倒的にやられた。
当時はまだJBのアルバムもまともにCD化されていなかったので、入手できたのは60年代の一部のアルバムだった。
中古のレコードで「Super Bad」や「Sex Machine」も買ったけど、なかなか高価だったなあ。

やがて彼のバックバンドのJB'sやボビー・バード、リン・コリンズなどのレーベルアーティストも買い漁り、
シンプルだが説得力のあるJBファンクに魅了されていったものだ。

やがてスライやP-Funkにも傾倒していったのだけど、間違いなく「最初のファンク体験」はJBだった。
多くの人が同じ体験をしてきたんじゃないかな??

映画はとてもオススメ。
ファンク好きは絶対観るべき1本だ。